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輝ける場所へ アトツギたちの覚醒(上)
京都・大原にある関西巻取箔工業の本社前で、3代目の久保昇平取締役

京都の伝統工芸で脱炭素ビジネスを世界展開
廃業寸前から奇跡の復活 外部人材で戦える組織に

日本経済を支えてきた中小企業で、かつてない経営者の世代交代が始まる。多くは同族企業であり、団塊の世代を迎えた経営者の親族が後継者、つまりアトツギとして重責を担う時代が訪れつつある。アトツギはよく「ボンボン」や「親の七光り」などステレオタイプ的に語られたりする。それでも、スタートアップ起業家のように斬新な発想を持つ仲間たちとともにイノベーションを起こし会社を輝かす経営者がたくさん活躍している。日本経済新聞社では主催する「NIKKEI THE PITCH」公式サイトの連載「輝ける場所へ アトツギたちの覚醒」で、新しい時代を切り開こうと挑戦するアトツギ経営者たち紹介する。

第一回は平安時代から「癒しの里」として知られる京都・大原で、伝統工芸品の箔を家業とした廃業寸前の小さな会社で奮闘し、脱炭素社会に貢献するビジネスを世界展開する関西巻取箔工業(京都市)の3代目、久保昇平取締役を取り上げる。

「10人のうち10人が先のないビジネスだと言った」

「12年前に家業に戻った時、もはや経営は手の打ちようがなかった。10人のうち9人、いや10人のうち10人が先のないビジネスだからやめた方がいいと言った。それでも顔料箔という製品が社会に役立つと思えたから、心が折れることはなかった。やっと大きなビジネスとして育てられる体制を整えることができた」―――。京都市北部、比叡山西麓にある大原の本社で久保昇平氏はこう静かに語った。

顔料箔という商品も、関西巻取箔工業という会社も世間一般ではほとんど知られていないが、実は身近なところでたくさん使われてきた。例えば、豆腐のプラスチックフィルムにある賞味期限の印字の多くは同社の顔料箔がインクとして使われてきた。最近ではコロナの予防接種用注射器の目盛りの印字にも大量に使われた。国内で販売される新型車の速度メーターの針の大半も、同社の顔料箔が転写されている。

久保昇平取締役
顔料箔は祖父で、創業者の久保竹夫が日本で広げた。金や赤など様々な色を表現できる

関西巻取箔工業は1952年に昇平氏の祖父である竹夫氏が創業した。顔料箔は、プラスチックや紙などのデザインや印字に使われるフィルム状のインクだ。もともと京都の伝統工芸品である金箔を和紙に塗りつけて糸状にした「金糸」がルーツだ。様々な色を表現できる顔料や金属粉、接着などの機能を付与する樹脂を混ぜたものだ。同社の顔料箔が扱いやすいのは、創業者が開発した熱で簡単に転写できる技術があるからだ。通常のインクとは違って揮発性有機化合物(VOC)を含まず環境に優しく、乾燥工程も必要ないためにエネルギー消費量も少ない。

EUの環境規制「グリーンディール」が追い風に

世界で注目されるのは、欧州連合(EU)が「グリーンディール政策」という非常に厳しい環境規制を強化しているからだ。その中でも難しいのはプラスチックのリサイクル規制をクリアすることだ。プラスチック容器などの印字やデザインに使う顔料箔が剥がしやすくてリサイクルが容易という利点があるからだ。この分野では化学世界大手の独バイエルグループのレオナルドクルツが圧倒的なガリバー企業であり、幅広い顧客ニーズに技術的に対応できる企業は世界を見渡しても関西巻取箔工業などほんの一握りに過ぎない。中国天津市で2016年8月に起きたVOCの杜撰な扱いによる大爆発事故で規制され、競合企業がほぼなくなった。昇平氏によれば、「顔料箔は簡単に新規参入できない。老舗うなぎ屋の秘伝のたれではないが、金属粉や樹脂など様々なものをどのように混ぜるかで、転写する際の美しさを左右する。長年培ったノウハウの塊であり、簡単にまねできない」という。

久保昇平取締役
京都・大原の本社工場では金属粉などの顔料や樹脂などを混ぜてフィルムシートに塗布して出荷する。熱転写で均一に箔をつけるには長年培ったノウハウが不可欠写真右は出荷前のロール状になった顔料箔

オランダのデザイン会社と連携 世界で顧客を開拓

昇平氏が「最大のビジネスチャンス」として狙うのが、すでに実績のある欧州の高級化粧品会社向けだ。口紅やコンパクトなどでプラスチックが使われるが、ブランドのロゴなどを入れるために顔料箔が大量に使われる可能性がある。転写された顔料箔は厚みが5~10ミクロンで、インクでの印刷と比べて100倍以上ある。この膜厚の違いで高級な質感で違いを生み出せる。

創業者の久保竹夫氏がかつて作った真鍮(亜鉛と銅の合金)の顔料箔も今、改めて脚光を浴びている。真鍮の顔料箔は金色の文字やデザインを施し、高級品の包装紙や高額な書籍の表紙に使われる。同社の真鍮の顔料箔は通常のプラスチックのフィルムではなく、紙の上で塗られ、それを転写する。紙なので使用後にリサイクルが容易なために複数の欧州企業から引き合いがきている。

昇平氏は9月にオランダにわたった。オランダ政府はデザイン産業の強化に注力している。日蘭協業支援プログラム「MONO MAKERS PROGRAM」に応募しグランプリを受賞。オランダ人デザイナーと新しい顔料箔の見本帳を一緒に作ることになった。この見本帳が完成すれば、世界の様々な分野の顧客から直接注文を受けられ、商機が広がる可能性がある。昇平氏は「2025年春から大阪で開催される大阪・関西万博でも見本帳を公開し、京都ならではの技術として世界に発信したい」と強調する。